こだわりの中に学ぶことが多い

子どもの頃は親や学校から学ぶことが多いです。
親の知識が子どもに伝わりそれが常識になる。


親の知識は何処から入るんでしょうね〜?


「こんなはずではなかった」と思うこと。
「自分が信じてきたことは何だったの?」と
不信感に思うことも多いです。


大人になって間違いに気付いたとき
間違いを間違いと認めたくない事もあるよ。
大げさに言うと「自分の人生を否定する」から。


農薬も食品添加物も微量ならいいと言う。
確かにすぐには病気になるはずがない。
考えてみれば「毒を薄めて飲むようなもの」です。
長期間すぎて初めて症状が現れてくる。


環境問題を取り上げてみたとき
産業廃棄物を埋めて表面をきれいにしても
時間が経てば土壌汚染、水質汚染になるんです。


「よく噛んで食べなさい」とか
「肉より野菜中心に食べなさい」とか
「自然環境に促した生き方をしなさい」とか
「自分が必要とされる生き方をしなさい」とか


ある意味反面教師が効果のあることは多いけど
自分がこだわりそういう生き方をしないと
共に学ぶことは難しいね〜。


なぜこだわるのか?
それを知ることも大切だと思う。


波動を学び腸の働きを学び善玉菌の働きを学び
経済の悪い所を知るとつくづくそう思います。