上も無ければ下も無い右も無ければ左も無い

地球の表面は球状だから果てが無い。
何処まで行っても行き止まりが無い。
何処でも「ここが中心」と言える。


もしも宇宙空間でポツンと立ったら?
頭の上が上で足の下が下になる。
右手の右が右で左手の左が左になる。


位置を判断するには上下も左右前後も必要。
比較するものが必要なんですね。
それは存在を確認する時も必要。


自分を確認する時比較対象が要るんです。


ところで
自分って何ですか?
「自分はなぜ存在するか?」という疑問ではなく
「自分って何ですか?」という疑問です。


「全体の中から分けられた者」ですか?


あま〜い羊羹(ようかん)の一部を切ったとき
一部の羊羹が「自分って何ですか?」と聞いたら
「あなたは羊羹です」と教えてあげる。


もし宇宙空間を漂うことがあったら
「自分は何処にいるんだろう?」って考える。
「宇宙の中にいる」って答えを出すけどね。
「大きな自分の中に自分がいる」って思うかもしれない。


形にこだわると位置が気になるけど
形を気にしなければ位置なんて気にもならない。


生き方にも同じような気がするよ。
上も無ければ下も無い
右も無ければ左も無い


お金が無くても助け合って生きていける。
それだけでいいと思うよ。